2015年5月7日木曜日

父のひとこと



 おかげさまで、父は元気にしております。
 大学を卒業して、働いていたときのこと。あるトラブルで警察のお世話になった。犯人が捕まっててみると未成年で、その親と私は、もうしばらく、関係を続けなくてはいけない状態だった。自分のお金の、多分10万円ぐらいで解決できないことでもなかったが、その「しばらく」がほんの数ヶ月のことだったので、私にとっての大金をつぎ込むのは、ばかばかしいことだった。
 こちらにしてみれば、「そちら様が悪いのは明らかなのに、どうして私が困らなくてはならないのですか」という不満もあった。
 困って家に電話したら、たまたま父が出た。そして、「その親御さんに、『あの件はもう気にしていませんから、どうか…』という形で、関係の継続をお願いしてみるように」とのことだった。そんな言葉が効くとはとうてい思えなかったが、他に方策もない。奥さんのところに行って、まるで子どものおつかいのように、父に言われたことを、そのまま繰り返して言ってみた。
 すると驚いたことに、奥さんはその場に「わあーっ」と泣き崩れるではないか。あっけにとられて泣き止むのを待っていたら、へたり込んだまま言うことに、「自分の子どもがこんなことをして、本当に情けなく、恥ずかしい。申し訳なかった。私はずっとこのことばかり考えて、やせてしまった。あんまりつらくて、関係を絶つ旨伝えたが、『気にしていない』と言われるのなら、継続でいいですよ」とのことだった。
 確かに彼女は、短期間で13号から9号サイズに縮んでいた。ダイエット成功というよりは、やつれた感じで、心労が偲ばれた。 
 こんな言葉で、あいてのかたくなさをほどけるのか~!と、驚いた。半信半疑のまま数月を過ごした。
 30年後、人から相談を受けた。「向こうが加害者でこちらが被害者という出来事が起こった。あちらがなぜかひどく怒ってしまい、強硬に出てきた。今後も関係を続けねばならない人なので、困っている」。なんか聞いたことがあるような。あっそうだ、あの件だ。いまだ半信半疑のまま、父の受け売りで「もう気にしていませんから、どうか…」という言い方で、何かをお願いしてみるように言ってみた。
 すると、なんと、効果があったというではないか。
 なぜこれが効くのかは、私にはいまだわからない。じいちゃん(今やそう呼んでいる)すごい。相手が欲する言葉がわかるんだね。